2018第2回阿蘇ラウンドトレイル

天国と地獄。

阿蘇ラウンドトレイルはそんな感じの大会です。

前半のどこまでも続く雄大な阿蘇の牧地を草の匂いをかぎながら駆け抜ける心地よさと、66キロ以降のきついアップダウンが延々と繰り返される単調な峠道の夜間走。トドメはラスボス俵山付近のズルッズルの泥地獄。

人間、時が経つとツライことは忘れて楽しかった事、感動した事だけが記憶に残りがちですが、完走したからあえて言います。この大会は一回でお腹一杯です。

前置きはそれくらいで大会のレポート。

受付は金曜の午後。ということは勤め人ならまずここで休暇取得前後2日。

自分は火曜日までお休みを取りました。500キロ以上移動の「遠征」は年12回くらいしか行けないので、阿蘇・熊本観光を充実させたい。

金曜午前の羽田発の飛行機で阿蘇熊本空港へ。羽田〜熊本間はほとんど日本列島を横断していくので、湘南から伊豆、渥美半島・知多半島、セントレア、奈良、和歌山、関空、淡路島、高松、そして九州に入って阿蘇山上空と、飛行機の窓からの景色は退屈しませんでした。

同じ便で顔なじみのランナー数人と一緒になりました。レンタカー会社は別々なので空港で一旦別れて、それぞれが受付場所の阿蘇内牧温泉「はな阿蘇美」に向かいます。

途中の道の駅でまずは腹ごしらえ。名物の「赤牛丼」。・・・ローストビーフ丼です。旨かった。


会場に着き、まずは装備品チェック。チェックの後、ゼッケン・参加賞をもらい手首に腕輪を付けてもらいます。ここらへんはUTMF/STYと同じ。ただ、必携品はUTMFよりはゆるいです。これが明暗を分けるのですが・・・。



3時からの競技説明に参加して、終了後また知り合いの方何人かとお話してから、クルマで5分ほどのお宿へ。こちらには私が1泊、家内が2泊の予定。もちろん私がDNFの場合や日曜チェックアウト前にゴール出来たら、宿泊、休憩、入浴はできるようにしています。

夕食はアルコールを我慢してご馳走をいただき、早めに就寝。

翌朝、3時起き。

415分ホテル出発。今回のART、受付場所、駐車場、スタート会場、ゴール地点がそれぞれ異なり、移動が大変でした。

しかも、駐車場からスタート地点までのシャトルバスの最終が515分。これ早すぎです。

5時半過ぎに会場に着いても案の定、スタート地点の建物は施錠されているし、スタッフもまばら。仮設トイレもやっと各個室(全体で12台)にトイレットペーバーを設置しているところ(それも代表のTさんがみずからロールを配っていた)でした。

朝は寒い。


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しばらく外にいてやることもなく2回ほど仮設トイレの行列に並んでいましたが、建物が開いたようなので入口の風除室の内側で立って待っていることにしました。

6時半近くなってやっと「開会式が始まりま〜す」の声が掛かり、芝生の広場へ。

阿蘇市長のご挨拶やくまモンのダンス(?)などがありましたが、後方に立っていた自分からは音しか聞こえてきませんでした。

やっと午前7時スタート。

しばらく、舗装路を走り、林道を経てトレイルに入ったところでいきなり渋滞。

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昨年、二百数十人の参加者が今年はその三倍近くの650人以上。同じコースレイアウトでは渋滞は必至。10分近く停滞。その後も何度か渋滞は起こりました。自分は中盤やや後ろにいる感じでしたが、最後尾で関門が気になるランナーには相当プレッシャーが掛かったと思います。

森を抜け、道が開けいよいよ外輪山のパートに入ります。

標高が上がるにつれ、開けていく景観。


・・・すごいです。絶景です。誰がどう撮ってもカッコイイ写真が撮れちゃいます。

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見晴らしはいいけれどその分日陰がなく既に暑い。最初のWSまで18.7キロもあることから水分を2.5L背負った事もあり、リュックが重い。それでも1.5Lは消費したでしょうか。STYの天子ヶ岳で水切れになりそうになった経験から、とにかく水分補給第一に考えました。

WSで中身のほとんど無くなったソフトフラスコ2本をフルにしてもらい、AS1へ。AS1へは5キロちょっと。昨日の受付会場だったAS1では家内が待っていてくれ、知り合いのランナー数人ともお話ができました。家内差し入れのイチゴを8粒ほど食べました。

関門時間まで1時間ちょっとのところで出発。

なお、この大会「小銭」は携行必至。晴れると間違いなく暑くなるのと、中盤まで自動販売機が多数あるので水分補給に自販機がかなり有効です。エイドの飲み物はぬるくて単調(基本水とスポドリ、AS2でやっとコップに「半分」コーラを注いでくれました)なので自動販売機は存在自体がオアシスです。


途中、地震による崩落箇所などでまた渋滞。


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AS2は小エイド。

地元のおばちゃん達の振る舞いはありがたかったですが、オフィシャルの段取りがあまりよくない。主催者のTさんもエイドにいるのですが、給水は数個あるタンクのみ。暑かったせいもありタンク前で給水やハイドレに補充する人で長い列が出来ました。こういう暑くなったときは水でもスポドリでも2Lのボトルをズラッと並べてランナーが勝手に取れるようにして列を作らないようにするべきではないでしょうか。

ソフトフラスコ、ハイドレ、浄水ボトルすべてに補充したい自分はタンクを長時間占有するのに気が引けて、結局一部トイレの水で補充しました。トイレの手洗いも手を洗うだけでなく、暑さで顔を洗う人が出てきて行列。

AS2ではきなこ饅頭なども食べて出発。

トイレで明らかに脱水気味なのがわかったので水を1L位ガブ飲みしていたのでお腹はタプタプです。

次のAS350.7キロ地点まで行ければ完走がみえてくるといわれていたので先を急ぎます。このあたりでやっと時間的には大分余裕が持てるようになってきました。

この大会、気持ちのいい牧地を走る事が多く景色も素晴らしいですが、UTMF/STYのように「つなぎ」の舗装路、林道もやたら長い。前半は走れる分ウルトラマラソンのような感じになります。走らなきゃ関門がヤバい。

印象の薄いAS3を出てドロップバッグが待つAS4を目指します。

AS4にはまだなんとか明るいうちに到着。

ただ、ここからは確実に夜間パートになるのでまずライトを装着。ライトはこの大会のために新調したレッドレンザーのMH10。最大600ルーメン。

夜間走の決め手はライト。明るさはすべてに勝ります。

もっとも600ルーメンは必要なく、もう一回ボタンを押して調光し、大体300400ルーメン位の明るさを常用。この後一晩バッテリーの交換も無く一灯体制でいけました。

全身着替えもしてさっぱりし、胃腸の調子も良かったのでミネストローネもいただきました。滞在時間40分ほどで出発。さすがに周囲は暗くなってきましたが関門時間まで2時間以上ありました。

次は高森峠のWS2。ここはWSとはいえ結構充実したエイドだったと思います。

夜になって急に気温が低くなってきました。牧地は遮るものがないので横からの強風が体温を奪います。ですが登り基調なので、急登では汗をかく。

ウール混のアンダー、ジップTシャツにアームカバーでは寒すぎで、ウィンドブレーカーを羽織りましたが、それも汗で濡れてきて寒い。

キャプリーン4を着ると今度は暑い。

結局ジップTシャツの上にゴアテックスの雨具を羽織ることで落ち着きました。

AS5以降はエイドが峠などに設置されるので小さくなります。風をよけるテントの中では座ることも難しくなってきます。床には毛布にくるまったランナーが多数。

このあたりで給水は暖かい白湯をもらうようになってきました。コンソメスープは避けて味噌汁(具なし)ももらいました。

もう完全に次のエイドにたどり着くのが目的の我慢、我慢の走りと歩き。

霧も出てきてライトが乱反射し、コースが見にくくなります。

それにしてもコースマーキングがひどい。ひどいというか「下手クソ」で、分岐にマーキングがなく、不安を感じながら進むとやっと随分先にテープが現れるという繰り返し。

マンパワーが足りなくマーキングが少ないのは仕方ありませんが、夜間霧が出ているのに昼間と同じ間隔でマーキングがされているのは、ちょっとどうかと思いました。

昼間のミスコースは洒落で済みますが、夜間霧が出て視界の悪い状態でしかも疲れて判断力も鈍っているときにこれはまずいと思います。

このままだといつか夜間後半パートで道迷いによる遭難者が出るでしょう。

時計は午前2時を回っていて、かなり眠くなってきました。

自分も少し蛇行したりし、横を見るとトレイル脇に何人ものランナーが仮眠をしていました。

仕方が無いので周囲にランナーがいないことを確認して歌を歌って気を紛らわせました。

まだかまだかと思いながらやっと最終AS6

この前の延々続く木段の登りは相当堪えました。

天気が下り坂で、早めに出発した方がいいというスタッフのアドバイスもあり早々に出発。

が、・・・ここからが本当の地獄。

俵山への下り。トレイルはズルズル、グチャグチャで全く進めません。しゃがんで両足を揃え滑る下り方法も途中でバランスを崩し、お尻から数メートルトレイル内を滑落。

数十メートル続くロープをつかんでいても滑って転びます。

トレイル脇の少しでもグリップする草の生えた路肩をみんな踏むのでトレイル自体幅が左右230センチは広がったと思います。

富士山エコレンジャーが見たら激怒する事でしょう。

泥だらけになって上り下りを繰り返し、やっとの思いで登った俵山の向こう側がまたツルッツルの下り。今度はロープすらありません。

もう渓流を流れ落ちるようにお尻から滑っていきました。

バランスを崩し手や腕をついてさらにドロドロ。

手袋をしていない若者は手を切った様子で痛そうにしてますが、こちらも何ともしようが無い。レギュレーションの指ぬきグローブ不可の意味はここにきてやっとわかります。

岩と泥のトレイルを何度も尻餅をつきながら進んでいくと前方からゴールのMCの声が聞こえてきました。

・・・そこからの溶岩と泥の入り交じったトレイル下りがまた長い。

ドロドロなのと疲れで踏ん張りが効かなくなってきたおかげで数十メートルに1回は転びました。

・・・やっと斜度がゆるくなってゴールもみえてきました。

雨の中、ドロッドロでゴール。

俵山山頂では午前7時位にゴール出来るかと思いましたが時計は8時に近く、雨は本降りになっていました。

ゴールの余韻に浸るまもなく完走証ももらわず(手に取ったら泥だらけになります)に荷物預かりに直行。着替えをそそくさとして、一時間に一本の8時のバスに乗り駐車場へ戻りました。

駐車場までがまた遠い。バスも遅れましたが、駐車場には840分頃着。

そのままクルマに乗って運転し家内が待つホテルへ。

まだチェックアウト前だったので大浴場に行って泥だらけのカラダを洗って温泉に浸かりました。

何とか生き返る事が出来、やっと長い長いARTが終わりを告げました。

人にもよるでしょうが、自分にとっては前半の感動的な景観の印象が、後半の苦行によりすっかり吹き飛んだ感じの「超難関、激レース」でした。

あと何回かすれば大会運営はこなれていくでしょうが、自分にとっては来年も参加することはまずありえない、といえる程の厳しい大会でした。

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by run-lenotre | 2018-05-17 21:08 | トレイルレース | Comments(0)